薩摩の生物多様性・時間旅行

  昨年度から鹿児島県の委託を受けて「生物多様性かごしま県地域戦略」策定のための資料収集整理を行っている。中村朋子女史(鹿大教育学部平成7年卒)が担当しているが、三国名勝図会に記載されている動物を、彼女が探し出した明治期の地図に落とした資料は、当時の生物多様性をわかりやすく理解できる資料として、とても好評を得た。今回、半ばパワハラ?で「こぼれ話」を書くようにお願いした。とても楽しい文章になっているので紹介する。「岩田はずるい」と言われるかもしれないがご容赦を。


『三国名勝図会』

 昨年度の鹿児島県生物多様性懇談会の資料作成の中で『三国名勝図会』に出会った。江戸時代後期に薩摩藩が編纂した薩摩国,大隅国,及び日向国の一部を含む領内の地誌や名所を記した文書(全60巻)である。特に,神社や寺院についてはその由緒,建物の配置図や外観の挿絵まで詳細に記載され,各地の名所風景を描いた挿絵も多く,当時の薩摩藩領内の様子を知るための貴重な資料となっている。

 今回は懇談会の資料作成ため,物産の項目に出てくる各地の飛禽類(鳥),走獣類(動物)について図表にまとめた。現在では見られない動物の名もあり,アシカ・ジュゴン(海獺・海馬)は坊泊,屋久島に表れる。屋久島の巻では「海中より陸に上がりこみ,人家の糠を食うこと多し」と記されている。2012年8月28日に環境省が絶滅種と指定したニホンカワウソは,大隅・北薩の各地,加世田で見られた生き物として表れる(図)。鶴は加世田・鹿児島・国分・串良・高山で見られたとされている。ニホンカワウソが生息できる川の恵み,鶴が過ごせる干潟の恵みがその時代にはあったのだ。同項目には,鱗介類(魚介)も挙げられており,漁業の動力が人・風・波に限られていた時代の海の豊かさを想像することができる。遠洋に出ずとも,沿岸部を回遊しながら,食となる魚たちを得ていたのだろうか,阿久根や大隅の村の物産には,鮪や鰹の名も出てくるのだ。高級魚として知られるアマダイ(方頭魚:クズナ)も錦江湾を中心に各村で獲られていたようだ。

 『三国名勝図会』の挿絵を見ていると,江戸後期時代へと時間旅行している気分になれる。馬や籠の行きかう往来,雁の渡る桜島,砂州の広がる錦江湾,朝鮮文化が息づく苗代川,帆船の浮かぶ阿久根浦。『麑海魚譜』,『成形図説』と併せて眺めれば,幕末薩摩の急進的なイメージとは違った,生物多様性の恵みを受けながら,自然とともに暮らしていた薩摩の姿が想像できるのだ。目の前の便利さと引き換えに私たちが差し出したものは何だったのかと考えながら…。

なお、『三国名勝図会』は国立国会図書館近代デジタルライブラリーにて閲覧できます。

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/992131

  岩田治郎 2013.5.24

鹿児島県生物多様性懇談会資料より