環境文化 30年目の答え合わせ

 

1990年に鹿児島県が屋久島環境文化村構想を公表した際、環境文化という表現は、政策用語としては、おそらく使われていなかった。爾来、どういう意味か多くの議論を呼んだ。そんな中で、1993年に屋久島環境文化村マスタープランが策定され、鹿児島大学では2008年に小野寺学長補佐(当時)が鹿児島環境学プロジェクトを立ち上げ、関連する事業や調査研究が進められている。また、国は、2017年に奄美を国内初の環境文化型国立公園に指定した。

 生成AIの進歩は、文字どおり日進月歩で、追いついていけないところがあるが、仮説を組み立てて問いかけると、考え方を見事に整理・体系化してくれる。久しぶりに「環境文化」について、1990年を境に、その意味・意義が大きく変化していったのではないかという仮説を立てて問いかけた。

 生成AIが出したキーワードを、ジグゾーパズルのように当てはめてみると、一つの体系図が現れた。当初、学術的概念であったものが、近年では、「持続可能な社会を構築するうえで不可欠な概念」にまで進化している。小野寺先生は、何とおっしゃるだろうか。「まだ、甘いな」か?

                          屋久島環境文化財団評議員  岩田治郎





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